遊びから学ぶ
遊んでいる時、心がウキウキしている時は、疲れないし、時間が経つのも早い。
遊びの中に沢山の試行錯誤があったり、工夫があったり、創造力も遊びの中に散りばめられている。
誰に言われなくてもついついやってしまう、という領域は自分が生きていく上で大事な領域なんだろうと思う。
僕は「サドベリースクール」との出会いからそういった事をとても信じる様になった。
先日イスラエルの元教育大臣と、イスラエルでのデモクラティック教育を牽引してきた人のお話を聞く機会があり、そのお話の中でイスラエルでは既にデモクラティックスクール(サドベリースクール)が公立の学校として成立しているという話がとても大いなる驚きとともに印象に残っている。
イスラエルは本当にすごい国だなと感じ入る。
紛争がどうしてもクローズアップされがちだが、そういう国だからこそ、どの様に生き残っていったら良いのかという武力以外での解決策、創意工夫も垣間見えるのがおもしろい。
地球全人口の0.2%がユダヤ人と言われている中で、歴代ノーベル賞受賞者の20%がユダヤ人という統計も興味深い。
僕は今600人くらいの小学校の教員という立場で働いている。
学校にブッシュ(森)が隣接していてそのブッシュを学校の教育活動に活用したいというのが僕の当初のミッションで、そのミッションの遂行にむけて8月から働いており、年度変わりのこの時期に来年度はどのような形で進めていこうかという課題に向き合っている。
学校にブッシュが隣接しているというのはこの街ではこの学校が唯一な様で、幸いにもそんな環境とご縁があって取り組んでいる。
色々なブッシュや公園などからヒントを得ながら、どのようなブッシュが気持ちいいかなと、人の情に訴えていくような環境をイメージしながら自分に出来ることに取り組んでいるのだが、子どもたちも先生たちも、保護者も喜んでくれる人が多くてそれは一先ず嬉しい。
僕個人的な気持ちとしては、生徒が自由に出入り出来て、それぞれの赴くままに時間を過ごせるような、そんな緩い環境設定に出来たら良いだろうなぁという気持ちは持ちつつも、8月に2万ドルほどの予算を投じて植樹作業をしていたり、その幼木(ニュージーランド原産)の保護なんかも校長先生は気にかけている。
確かに600人の子どもたちが自由に走り回ったりすると、楽しさからついついその幼木を踏み潰してしまうことも可能性としてある。現にポッキリと木が折れていたりすることもある。
何が最適解なのかな、とスタッフで話し合い、色々と探る。
これ!とカッチリとした枠組みの未だ無いままに可能性を動きながら探っていく段階。
最近は気候も良くなってきてブッシュの中を流れる小川でザリガニ捕りも一部の男子の中で大盛りあがり。
遊びの中にこそ大きな学びがあるという風にも思うので、なるべくブッシュに来たい子にはブッシュで過ごさせてあげたいという気持ちがある。(今は許可が無いとブッシュに入れない。)
交通整理をしながら、なるべく多くの子ども達が楽しい時間を過ごせたら良いなぁと思います。
それにしても、芝生のグラウンドがあって、公園があって、オムニのコートがあって、ブッシュがあってと、素敵な環境だなぁと思います。
環境の変化で慣れないことだらけですが、答えを仲間と探っていく作業というのは面白いものです。
今日はなめし液につけていたポッサムの毛皮を洗ってブッシュで陰干しする予定です。
ポッサムも子どもたちには人気で、僕は一部の生徒に「ポッサムマン!」と呼ばれているとある先生が教えてくれました。