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環境を変えて泳ぐ (その場その場で出来ることに取り組む)

こちらに来て半年が過ぎました。

泰ちゃんは泰ちゃんなりに、僕は僕なりに徐々に出来ることを増やしながら何とかこちらで暮らしています。

今年度(2月)から全校生徒を対象に授業を行っているのは1つのチャレンジです。
受け持っているクラスが全部で21クラス(低学年7クラス、中学年7クラス、高学年7クラス)あるので、それらをうまくローテーションでタイムテーブルに当てはめて、順繰りにやっています。

子どもたちは概して外が大好きなので、Bushでの屋外の授業は好評です。

協力隊でフィリピンに行っているときにも大きなマンゴーの木の下で授業したこともありますが、イメージはそんな感じです。
大雨で無い限り、なるべく外で授業をしたいなと思っていますが、子どもたちの「楽しいな!」って気持ちを少しでも引き出せるように、クラス担任の先生とも作戦を練ったりコミュニケーションを重ねてやっていきたいなと思います。

本当に関係性だと感じています。

僕もクラス担任や生徒たちの事を知って、彼らにも僕の事をより知ってもらって。
何をするかも大事だけれど、同じくらい、いやきっとそれ以上に誰とするかというのも大事なんだろうと思っています。

今学期はニュージーランド固有の樹木にフォーカスしながらBushで時間を過ごし、来学期はニュージーランドの害獣駆除(このBushでも毎日取り組んでいる)の活動にフォーカスしながら生態系保全の事について一緒に想いを馳せていきたいなと思っています。

言っても僕もまだニュージーランドに来て半年のニュージーランドビギナーなので、何かを教えるというよりも共に学んでいくという謙虚な姿勢で取り組んでいきたいと思っています。

なので、僕自身も毎日新しい学びや気付きがあってとても刺激的です。

最近は空き時間には他の先生のクラスに行って授業見学をさせてもらったりもしています。
各学年ごと(低・中・高)にチームリーダーと呼ばれる先生がいて、そんな先生のクラスにまずはお邪魔させてもらっているのですが、どの先生も「いつでも都合の良い時にふらっと来て良いよ!」みたいにフランクだったり、「事前に言ってくれたらYosukeの参考になるような授業をするよ!」と積極的に協力してくれる先生もいたりしてとてもありがたいことです。

僕が本当に感心するのは、こちらでは生徒それぞれの進度・理解度に合わせて個別学習やグループ学習がなされることです。
ちょっと遅れている子や理解に苦しんでいるような生徒は先生と一緒に丁寧に授業を進めて行きますが、理解の進んでいる子は自分のペースでどんどんと進んでいきます。その過程で友達と教え合ったりという姿も見られます。

雰囲気もリラックスした雰囲気で、自分の好きな場所で少人数で取り組んでいる子もいれば、友達と一緒になって取り組んでいる子もいます。

低学年はPlay Based Learningと言って遊びを中心に据えながら、子どもたちの「楽しい」に寄り添いながらその中から学びを感じ取っていったり、社会性を身につけていく、という時間も多いのですが、学年が進むにつれて、段々と落ち着いて机に座って、教材に向き合う時間も増えてきます。

年齢が大きくなるにつれて雰囲気も落ち着いてきて、先生の話をゆったりと聞いていたり、質問したりと何だかより大人な雰囲気です。
こちらの生徒は好奇心そのままに積極的に手を挙げて質問したり、自分の経験をシェアしたりする子が多い印象です。

先生ともお話していると「進度に幅を持たせて、誰も置いてけぼりにしない。」という話も聞けます。
とてもそうだよな、とそんな時は納得感を持ってその話を聞くことが出来ます。

その分、先生の力量も問われる事が多いのだろうなとも感じます。
生徒と信頼関係を結ぶこと、生徒同士の信頼関係の絆を1つ1つ構築しながらクラスが安心安全の場であることを目指すこと、とても大変な作業だなと思います。

生徒がたくさんいる分、先生もたくさんいます。

なので教室によって雰囲気はまちまちだったりもします。

僕から見て、良い先生だなぁと感動する時もあれば、よく大きな声で叱っている先生もいます。
それぞれのやり方だったり個性だったりもするのでしょうが、僕は大きな声をしなくても生徒の耳と心に声が届く様なそんな先生、大人がどちらかというと好みです。(中には大きな声を出してでも厳しく指導してくれる先生を好む生徒や保護者がいるのも知っています。厳しい中にも優しさがあるような。)

昨日は泰ちゃんのいるクラスを見学させてもらいました。
改めて色々な人種(ヨーロッパ系、マオリ系、アジア系、パシフィック系・・・)、多様性のある中で時間を過ごさせてもらっているんだなぁと、本人は大変なのでしょうが、親としては我が子は稀有な経験をさせてもらっているなとちょっと感動もしました。

僕自身生活する中で、泰ちゃんが英語を話す機会に接することはまだ少ないのですが、授業をちょっと見ていると算数の時間に当てられて、英語でちゃんと答えていたりもしました。
本人は「英語出来ない!」としきりに言いますが、半年間で英語力も伸びているよなぁと傍から見ていたら感じます。

本人が感じないのであれば、傍から見ていて感じている僕がもっと積極的に伝えてあげたら良いのだと思うので、何か気付いたことがあればそのまま僕の中にしまうのではなくて意識的に本人に伝えていこうと思いました。

こちらの人たちは褒め上手です。

何でも大げさに褒めます。

見習うべきところが多いです。僕もたくさん褒められます。
褒められると良い気持ちがするものです。
学校全体が、社会全体がそんな雰囲気だから良い気持ちに感じることが多いのだろうと僕はそんな風に思っています。

褒め合う。

それにしても泰ちゃんと僕は特異な関係だなぁと思います。
日本でもこちらでもずーっと同じ学校に所属しています。
来年には中学校に進学する予定なのでそれまでの時間だと思って今を味わいたいと思います。

先日、1年間ニュージーランドにワーホリに来ている夫婦が我が家に泊まってくれました。
僕と泰ちゃん仲が良いですね、と言っていました。
良くも悪くも一緒に過ごしてきた時間がとても長いので距離もその分近いのでしょう。
願わくば泰ちゃんが大きくなったときにも良好な関係を築いていたいものだ、と思っています。

一昨日は泰ちゃんのクラスで授業をさせてもらいました。
僕の授業を泰ちゃんが受講するのは今回が初めてでしたが、家に帰宅後「お父さんは英語がペラペラだと思っていたけれど、ネイティブの先生と比べるとやっぱり違うね。」と言われました。
僕も言葉が不自由ながら一生懸命やっています。
泰ちゃんと一緒。
本当に何も隠し事出来ないなというくらいずーっとありのままの自分を泰ちゃんに晒し続けている様な感覚です。
親の不格好な姿も時に晒しながら、不格好でも前向きに頑張っている姿を見て何かを感じてもらえたらと思います。

「下手でも良いんだ!」くらいに泰ちゃんの心を少しでも軽く出来たかな。
そうであれば本望です。
言葉は不自由だけれど、伝えたいことはあるんだ、語り合いたいことがあるんだ、という思いはあります。
言葉が不自由な分、気持ちを届けたいと思って授業しています。
その気持ちがある限り頑張っていこうと思います。

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