ニュージーランド,  海外移住,  雑感

ダウン症である娘のビザ

やってみないと分からないことがある。

ニュージーランドに移住するにあたって、私達家族の一番の課題は、しっかりとそこで仕事が見つかって上手くワークビザを発給してもらえるかどうか、という1点だという認識でいました。

なので3月4月に僕が単身ニュージーランドに渡り就職活動の末、仕事が決まり、ワークビザの発給が決まった時には「あぁ良かった。」とホッと胸を撫で下ろしたのを覚えています。

まず7月に僕のワークビザが認められ、そしてその2週間後に長女を除く家族4人のビザが発給されました。

8月の後半に家族6人で渡航する予定にしていたのですが、その頃の僕は、「いや、何とか長女の分のビザも渡航予定日までには発給されるでしょ。」と安気に考えていたものです。

追加書類の提出を求められたので、8月の初旬にそれらを提出してかれこれもう4ヶ月が経過しようとしています。

その間、審査は移民局から医局の方へ移ったり、移民局の部署の上の方へ検討が回されたりと、そういう様子はVISAアドバイザーの人から聞かされるのですが、一向に結果が出ません。

そうこうしているうちに(これは半分嬉しい話なのですが)永住権の申請の段階になりました。

上手く行けば1月ごろに永住権が認可されるということらしいですが、こちらも果たして長女のビザが発給されるのかどうかという疑念が払拭出来ません。

Medical Waiver(医学的免除)と言って、ちょっと病気持ちだったり「障害」があったとしても、それらを呑み込んでビザの発給が出来るかどうかを検討するといった審査の様で、

・「障害」の部分以外でビザの発給条件はきちんと満たしているか。

・どの様なサポートが医療的、教育的に必要となってくるか。

・(ビザ発給者が)ニュージーランドにどのような利益をもたらすか。

・他にニュージーランドに家族は在住しているか。

・どれくらいの期間ニュージーランドに滞在する予定なのか。

といったことをそれぞれの基準に照らし合わせながら検討する、ということの様です。

New Zealand Immigrationより)

全くノーマークだったのですが、ちょっと「ダウン症の子どもと一緒にニュージーランドに移住」と英語で調べてみると「ダウン症ということで、医療的にそして教育的にニュージーランドが担うコストが大きくなるのでビザの発給が認められなかった」という記事がいくつか出てきます。

そんな中でも、コロナ禍で母国のタイに母子で帰国させるのはあまりにもリスクが高いからと暫定的に12ヶ月のビザが2歳の子どもに発給されたケースの記事もあったり、ダウン症の子どもを持つ家族が永住権の発給をされている節のある記事を見つけたり。

ビザアドバイザーの人も諦めずに根気よく当局と掛け合ってくださっているみたいです。
確かに認められなかったケースがあったり、認められたケースもあったりと色々とあるみたいで、長女の場合は大丈夫だろうと言ってはくださっています。

ニュージーランドは障害者の権利について世界をリードしているイメージがあったり、学校もインクルーシブにみんなで育ち合うイメージがあったので、今のこの状況にちょっと戸惑っています。

この戸惑いを職場の先生たちと共有すると、みんなが同様に「え?そんなことある?ニュージーランドが?」と困惑してくれたり、時には僕以上の熱量で憤ってくれたり。

そういったことがあるから、なんとかこちらで孤独感に苛まれずにいられるような気がします。

最近電子書籍デビューして今読んでいるのは、予てから気になっていた「Humankind:A Hopeful History(ルトガー・ブレグマン著)」です。

まだ途中ですが、ホモ・サピエンスは思いやりと共感の心が発達してそれが故に生き残り繁栄したという風に主張していますが、その思いやりや共感の心は特に身内に働きやすいという風にも書いてあります。

そういう風な主張に触れると、早くニュージーランドに身内として扱って欲しいなと願うばかりです。

僕は人と比べると多分気が長い方だとは思いますが、娘や妻やその他の子どもたちの事を考えると、一刻も早くと気が急いてしまったりもします。

それにしても当事者になってみないと分からないことは多いですね。

日本の難民や移民の受け入れについてのニュースを見たりしますが、今まで以上に親近感を持ってそのニュースに触れることが出来ます。

藁をもすがる思いで、ニュージーランドのダウン症協会の人にもメールをしてみたりしました。

どこに解決の糸口があるか分からないし、そんなものとは全く関係なくある日ふと認められたりっていう事もあるのかもしれませんが、このひたすら待つだけという時間があまりにも長くなってきてしまっていることに少なからずフラストレーションを感じる日々です。

本当に字ばっかりの記事ですが、見返した時に「あぁ、あの頃の自分はこんな風に感じていたな。」と割と読み返して面白かったりもするものです。

半分は自分の為に書いているブログです。

ご容赦ください。

長女の父親になって、つくづくどんな人にとってもより住みよい世の中になったら良いなと感じるようになりました。ダウン症というだけで、生きることが困難であったり制限があったりしてしまうのを感じると余計にそう思います。

(11月21日追記)

ニュージーランドのダウン症協会の会長さんがお返事をくださいました。
協会としてもダウン症に対する移民基準の改定を求めているようですが、移民法は人権法に優先されるそうで、なかなか改定に至らないそうです。

あと、ダウン症というだけでビザの発給への道が無くなってしまうという国もあるみたいです。

ちょっと調べるとカナダもオーストラリアもオランダも、そしてきっと多くの国がダウン症というだけで、他の人と比べると余計に審査が厳しくなるような印象です。

なかなか考えさせられますね。

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